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患者さんの声

S.M.さん(40代)

乾癬と仕事・プライベート

好きな仕事を離れ、家にこもる毎日。心無い言葉に傷つきました。

S.M.さん、乾癬と仕事・プライベート

日常生活で辛かったのは、仕事を辞めたことです。私はもともと准看護師として働いていましたが、膿疱が出て病院を受診し始めた平成14年ごろに退職しました。白衣が膿でドロドロになったり、いろんな精神的な苦痛もありました。しかし「いつか看護師に戻る」という夢は闘病中もずっと持っていました。

鱗屑が落ちるようになると、働きに出るのが難しくなりました。2年半の光線治療中も夜に少し働くくらいで、通院にエネルギーを奪われる毎日。普通に仕事ができる周囲の人と自分を比べて、自分の住む世界がひどく制限されているように感じました。

人付き合いも大きく変わりました。私はおしゃべりで人前に出るのが好きでしたが、一転して引きこもるように。乾癬は鱗屑が落ちるので、同じ場所にしばらくいるとその場所を汚してしまいます。ひどい時は隣に座った人のカバンの中にフケのようなものが落ちることも。だから喫茶店など人が集まる場所には近寄らず、人を避けて生活しました。

他の人の言動に傷つくこともありました。他人が私のことを「汚い」「いやだ」とコソコソ話しているのを聞いてしまったことがあります。これには大変ショックを受け、通院を一時中断してしまったほどでした。治療の中断は症状悪化の一因にもなりましたね。また、身内から「フケのようなものが落ちて汚い」と責められて辛かったです。

治療費もばかにならず、お金はどんどん出て行くのに効果が実感できず、苦しかったです。家庭でのストレスや安定した職につけない悩みも重なって、一時はやけになっていましたね…。

乾癬治療を経て

「乾癬の辛さに比べれば」と吹っ切れて、自分の夢に向かってチャレンジしました。

S.M.さん、乾癬治療を経て

乾癬の診断から3年後の平成24年です。大学病院を退職したばかりの美容皮膚科の先生に相談した際、新しい治療の選択肢を提案してくれて、紹介状を書いていただきました。7月頃から本格的に治療を始めたのですが、自己注射が怖くて、何かあってもすぐ病院に行けるよう午前10時に打っていたほどでした。それでも治療の選択肢が広がったことは、私にとってよかったと思っています。

実は、この治療を受けながら正看護師になるための専門学校に進学していました。正看護師への道は若い頃に一度挫折したのですが、諦めきれない夢だったんです。闘病中に「たとえ留年しても、乾癬の辛さに比べれば、乗り越えられる」と吹っ切れて、チャレンジできました。新しい挑戦には勇気が必要でしたが、実習で白衣を着たときは本当に嬉しかったですね。

乾癬の闘病経験は私の人生の財産です。もちろん「自分は何もできない」「誰も何もしてくれない」と悲観ばかりしていた時もありました。でもある時、周囲の人に乾癬を理解してもらうには、まずは理解してもらえる自分に変わることが大事だと気付いたのです。人に挨拶をするといった初歩的なことから対人関係を見直しました。この経験は看護師の仕事にも活きています。乾癬の闘病を通じて人の良い部分を見て付き合うように変わりました。

今やってみたい事は、やっぱり結婚。それと趣味のカラオケで参加している大会では、いつかはドレス姿で歌ってみたいです。今は「岸壁の母」を歌っていますが、思いっきりドレスアップして今時の新曲にチャレンジしたいですね。

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